米沢の宝もの〜山形県米沢市の観光・自然・体験・史跡・人物・文化を紹介〜

かてもの

 一昨年、日本テレビの「秘密のケンミンSHOW」で「雑草を食べる山形県民」として、米沢市が紹介されました。確かに米沢では昔から山野草を食べる習慣がありますが、この習慣は、今から250年前のある出来事から生まれたものでした。

上杉鷹山(米沢上杉博物館蔵)
上杉鷹山(米沢上杉博物館蔵)
莅戸善政(米沢上杉博物館蔵)
莅戸善政(米沢上杉博物館蔵)
飢餓救荒書「かてもの」復刻版
飢餓救荒書「かてもの」復刻版
天明の大飢餓
 天明3年、天候不順による凶作で米の作柄は例年の4分の1となり、領民は飢餓の危機にさらされます。
 米沢藩九代藩主上杉鷹山は、藩内の備え籾蔵すべてを開放して、米を始めとする穀物を領民に分け与えました。この政策により米沢藩は天明の大飢餓において、ひとりの餓死者も出さずにすんだといわれています。しかし、この出来事が藩財政に大きな打撃を与えてしまいました。
 そこで立ち上がったのが、藩政の中心にいた重臣莅戸善政です。

飢餓救荒書 「かてもの」の誕生
 善政は、日頃から代用食となる動植物の調査、研究が必要と藩の侍医矢尾板栄雪らに食用となる動植物の研究を命じました。そして、自ら飢餓救済の手引書を執筆。その内容は「いろは」順に、草木果実約80種類の特徴と調理法について詳しく書かれています。この著書は「かてもの」と命名され、藩内を中心に配布されました。
 「かてもの」とは、主食の穀物とともに炊き合わせ、食糧不足に陥った際に主食を節約するための代用食となる食物を意味します。
 この「かてもの」が今でも米沢の郷土料理に色濃く反映されているのです。

ひょう
ひょう
ひょう干し
ひょう干し
飢餓救済の食べものが今では健康食に
 「かてもの」の中で特に有名なのが「ひょう」です。正式な名前は「スベリヒユ」。日当たりの良い畑や路傍に自生しています。これが「雑草を食べる県民」として紹介されることになった由縁です。ひょうは茹でて芥子醤油で食べることもありますが、一般的には干したものにこんにゃく、にんじんなどを入れて煮物にしていただきます。米沢では、ひょうのほかにもぜんまい、わらび、ずいき(里芋の茎)、大根の葉などを天日干しして乾燥させ、冬場に食べる習慣がありますが、これも救荒書「かてもの」の中で長期保存法として記載されているのです。近頃、野菜を乾燥させることでビタミンやミネラルが増え、食物繊維も多く摂取できると「干し野菜」が女性に大人気ですが、250年続く正真正銘の「干し野菜」を是非味わってみてください。

上杉伯爵邸
上杉伯爵邸
〔ひょうの煮物〕
ひょうの煮物

ひょうを使った郷土料理

ひょう干しなどの郷土料理が食べられます。
季節に応じた米沢の郷土料理を味わうことができます。郷土料理のほかにも、米沢牛のステーキ、すき焼き、しゃぶしゃぶのコースなどもあります。建物は大正13年、上杉憲章氏の米沢本邸とし建てられたものです。国の有形文化財に登録されています。郷土料理のメニューは季節によって変わりますので、ホームページでご確認ください。

■ 米沢市丸の内1丁目3-60  tel.0238-21-5121
■ 開館時間/午前10:00〜午後9:00
■ 休館日/毎週水曜日(4月〜11月まで無休)
http://hakusyakutei.jp/index.html

ひょうの煮物

「ひょっとしていいことがあるように」と正月料理としても食べられています。
 

米沢お宝発掘プロジェクト
〒992-0045 山形県米沢市中央四丁目1番30号 米沢商工会議所 tel. 0238-21-5111(代表)