米沢の宝もの〜山形県米沢市の観光・自然・体験・史跡・人物・文化を紹介〜

宝ものを守る米沢人

米沢織

(有)わくわく舘 代表取締役社長 齋藤 英助さん
齋藤 英助さん (有)わくわく舘 代表取締役社長 齋藤 英助さん
伝統を守っていくためには、
良い後継者を育てていくことが大切です。
 米沢織は、慶長5年(1600年)関が原の戦いで敗戦した上杉家が、会津120万石から米沢30万石に移封された際、執政直江兼続が藩の収益増大をはかるために桑、青苧、紅花などの栽培を奨励したことから始まったといわれています。
 それから200年の時を経て、9代藩主上杉鷹山が産業としての米沢織を確立しました。
 現在は、ジャガード織りを中心とした婦人服地の産地としても有名ですが、昔からの手法「草木染め」の糸を使った紬(つむぎ)や帯を制作している齋藤さん。20年前、織元5社共同による染織体験工房「わくわく舘」を開館しました。
 「伝統を守っていくためには、良い後継者を育てていくことが大切。そのためにもより多くの方に米沢織を知っていただくことが必要です。」
 ここの体験をきっかけに職業として興味を持ち、弟子入りした人もいるとのこと。後継者育成に今日も奮闘中!
米沢織
繊細な色合いで織り上げられた
草木染「米沢織」の着物
米沢織
 米沢藩9代藩主上杉鷹山が米沢織を産業として確立した後、今日まで市の基幹産業として発展してきました。
 米沢織の特徴は、織る前に糸を染める先染絹織物で、染料は紅花など自然の植物が主流です。四季折々、変化にとんだ米沢の風土の中、春はうこぎ染め()や剪定されたさくらんぼの枝染め、夏は藍染め、秋は栗の実を取り出した後のいが染め、冬は特に染め付がいいといわれている紅花染めなど、季節ごとにいろいろな植物を利用して糸染めが行われます。
 その繊細な色合いには、化学染料では出し得ない独特の柔らかさがあり、優雅な米沢織に仕上げられます。

うこぎ
うこぎ
 うこぎはうこぎ科の植物で、米沢では昔から食用として重宝されてきました。特に9代藩主上杉鷹山がうごぎの垣根を奨励したといわれています。

雪菜

米沢市上長井雪菜生産組合長 佐藤 了さん
佐藤 了さん 米沢市上長井雪菜生産組合長 佐藤 了さん
ここでしか採れない野菜を守っていくことは、ここに生まれた私たちの使命です。
 雪菜とは、その名の通り雪の中で育つ野菜です。ルーツをたどれば、9代藩主上杉鷹山の時代までさかのぼります。冬の生鮮野菜の確保のために奨励したといわれていますが、なぜか上長井地区だけで栽培されてきました。
 11月上旬に畑で収穫された雪菜を、稲わらと土で囲んで雪の降るのを待ちます。上長井地区は米沢でも有数の豪雪地帯。12月上旬から降り出した雪は1m50cmにも達します。雪菜は降り積もった雪の中で、自分自身の葉を栄養源として「とう(花茎)」を立たせ、これが食用となるのです。
 地元上長井地区では、この伝統野菜を守るべく早いうちから組合を設立。PRに努めました。その成果として、全日本スローフード協会「味の箱舟」、「山形おきたま伝統野菜」に認定されました。
 「鷹山公の時代から大切に育てられてきた、ここでしか採れない野菜を一生懸命守っていくことは、ここに生まれた私たちの使命です。」
 さらなる認知度を高めるために、佐藤さんを中心に毎年、雪菜の試食会や料理教室を積極的に開催しています。ここでしか作れない在来種を守って今日も奮闘中!
雪菜(アブラナ科)の1年
雪菜の花 種子を取るための雪菜がビニールハウスの中で花を咲かせます。良質な種子を採取するために外部と完全隔離。ハウス内には専用の蜂が放たれます。
雪菜の種 8月下旬から9月上旬に畑に種をまきます。直径1.5mm程度の小さなたねですが、上長井地区で伝統的に受け継がれてきた正統なたねです。
青青とした雪菜の葉 10月上旬、たねを蒔いて1ヶ月。青々とした葉っぱが元気に育っています。11月上旬、草丈も60〜80cmに伸びました。
稲わらと土に囲まれる雪菜
11月中旬から12月初旬にかけて、畑の中で育った雪菜を収穫し、15〜20株を一束にして数カ所に寄せて稲わらと土で囲います。後は雪が降るのを待つだけ。
雪の中の雪菜
降り積もった雪の中で「とう(花芽)」を立たせます。厳寒、積雪の中でこそ、良い雪菜が育ちます。
収穫された雪菜
「とう(花芽)」が伸び、おいしい雪菜ができました。

雪菜のふすべ漬け
雪菜のふすべ漬け
 雪菜の代表的な食べ方「ふすべ漬け」。「ふすべる」とは米沢の方言で「湯通しする」という意味です。切った雪菜をさっと湯通しし、冷水で冷やして2%の塩を加えて重石をのせ4日ほど漬けます。辛味が出て独特の食味になります。  

小嶋総本店

(株)小嶋総本店 代表取締役社長 小嶋 彌左衛門さん
小嶋 彌左衛門さん (株)小嶋総本店 代表取締役社長 小嶋 彌左衛門さん
何代も蔵元を続けていくには、常に新しいものへのチャレンジ精神が必要です。
 清酒東光の醸造元、小嶋総本店の創業は慶長2年(1597年)。まさに直江兼続が豊臣秀吉から所領として与えられる1年前です。ということは米沢藩御用達の酒蔵として始まり、今日まで410年以上の時を刻んできたことになります。
 江戸時代、米は大変貴重なもので、飢餓がおこるたびに「禁酒令」が出されていましたが、そんな中でも酒造りを許されていた数少ない造り酒屋のひとつといわれています。
 この由緒正しき酒蔵の23代目として、「それなりのプレッシャーを感じる」と小嶋さん。
 「何代も蔵元を続けていくには、今までの歴史を守っているだけではダメ。時代とともに酒の嗜好も変わるし、常に新しいものへのチャレンジ精神がなければ守れません」
 そのひとつとして、古い酒蔵を復元して昔ながらの酒造りが見学できる酒造資料館を開館。また、敷地内にある大正時代の建物を利用して、美味しい日本酒と酒蔵料理が気楽に味わえる「花くれない」をオープンしました。23代目の思いを胸に今日も奮闘中!
東光地元でしか買えない
昔ながらの東光
出羽の里純米吟醸原酒出羽の里純米吟醸原酒
(山形セレクション認定酒)
清酒東光醸造元 (株)小嶋総本店
 創業は慶長2年(1597年)。
以来410余年、米沢の老舗の蔵元として地元のみならず、多方面に出荷されています。

啓翁桜

(株)田んぼ花の里李山 代表取締役 後藤 仁さん
後藤 仁さん (株)田んぼ花の里李山 代表取締役 後藤 仁さん
休耕田の再生は、地元の人間が幸せになることだと私は思っています。
 米沢市の南、吾妻連峰の麓に位置する李山地区は、代々稲作を中心とした集落でした。ところが近年、国の減反政策により転作を余儀なくされ、それとともに農家の高齢化が進み、荒廃した休耕田が目立つようになりました。
 「代々受け継がれた土地が荒れていくのは耐えられなかった」と後藤さん。近隣の農家19名が株主となり、株式会社「田んぼ花の里李山」を立ち上げました。荒れた田んぼを開拓し、紆余曲折の末、花の栽培に着手。現在は山形県特産の啓翁桜栽培に力を入れています。
 啓翁桜は、山形の気象条件をうまく利用した促成栽培で、12月下旬から3月の真冬に開花する桜です。春を告げる花として全国的にも注目を集め、「田んぼ花の里李山」の啓翁桜も新たな米沢の特産品になりつつあります。
 「休耕田の再生は、地元の人間が幸せになることだと私は思っています。これからもこの土地を守るためにみんなで頑張っていきます。」
 代々受け継がれた田畑を守って今日も奮闘中!
(株)田んぼ花の里李山
 (株)田んぼの里李山の前身は、2001年に同名称で結成した切り花生産グループ。このままの体制ではダメと不安を感じた後藤さんが、2009年に販売まで手がける株式会社設立を提案。19名の株主を集めて正式に会社組織になりました。
 会社組織にすることで、作業は分担化され、個別の農業機械も 必要なくなり、また、販売担当者をおくことで直接販売が可能になるなど、多くの利点を生んでいます。
 (株)田んぼ花の里李山では、冬の啓翁桜のほかに夏はひまわり、るりたまあざみ、山形県特産の紅花などを栽培。2009年からは米沢産コシヒカリの米粉麺の販売に力を入れています。
紅花山形県特産の紅花。
ひまわりひまわりは早朝に出荷されます。
トトロの木作業場から見える地元の隠れた名所、トトロの木。
米粉麺
米沢産コシヒカリの米粉を使った米粉麺
「お米の麺」「サラダ米粉めん」、「うこぎ米粉めん」の3種類が販売されています。現在は米沢市と高畠町の学校給食の基本メニューとして取り入れられ、近隣の市や町にも広がりつつあります。

 

原方刺し子

刺し子工房 創匠庵 遠藤 きよ子さん
遠藤 きよ子さん  刺し子工房 創匠庵 遠藤 きよ子さん
武士の妻としてのプライドを持ち続けた、女性の強さを伝えるのが私の役目です。
 米沢には昔から「花ぞうきん」と呼ばれる、刺し子を施した雑巾が伝えられています。この「花ぞうきん」は、関が原合戦敗戦後、米沢30万石に減移封された上杉家とともに移り住んだ下級武士原方衆の妻たちが、着るものもままならない貧しさの中で、布に糸を刺すことでつなぎ合わせ、重ね合わせて丈夫に使えるようにと刺し子を施したことから作られるようになりました。では、なぜこのような美しい刺し子の雑巾が作られたのか。「下級武士の妻たちの心意気です」と遠藤さん。
 遠藤さんはあるとき「花雑巾」という一篇の詩に出会ったといいます。そこには「上杉藩下級武士のその妻たちが狂ったような貧しさに居直って針を懐刀にして士族の身分に身構えた執念の業だ」とありました。
 この詩に大きな衝撃を受けた遠藤さんは、原方刺し子の研究にのめり込んでいきました。
 「暮らしは貧しくても、武士の妻としてのプライドを持ち続けた、女性の強さを後世に伝えることが私の役目と思っています」
 120人のお弟子さんとともに、ひと針ひと針今日も奮闘中!
花ぞうきん
花ぞうきん
 米沢に昔から伝わる刺し子を施した雑巾です。米沢藩の下級武士原方衆(武士といえど農地を開拓し、自給自足の生活をしていた)の妻たちが、玄関の敷物として作ったのが始まりといわれています。
 「くぐり刺し」という独特の技法は「原方刺し子」と呼ばれ、その文様には夫の出世や子どもの健康を願う気持ちが込められています。
●米刺し
「米」の文字の文様。
米の豊作を願う。
●矢羽根
戦を表す。
武士であることのプライド。
●小鳥が千羽
昔、鳥狩りは武士の特権。こちらも武士であることのプライド。
●麻の葉
麻の葉は魔除けの柄と
されている。
子どもの健康を願う。
●銭型
昔のお金の柄。
夫の出世を願う。
●口刺し
田んぼや畑を表す。
半農半武士のマーク。

米沢お宝発掘プロジェクト
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